2010,03,10, Wednesday

今回の全日本プムセ選手権で優勝はしたんですが、自分の試合内容がどうも好きになれませんでした。
技術は一年前よりは向上していますが気持ちの面ですよね。
おかげで優勝の余韻に浸るでもなく淡々としてたなと。
と言う事でちょっとは振り返ってみようかとメダルを全部出して見ました。
ど真ん中の銅メダルは一番最初に取ったメダルです。
この中には同じ大会で複数のメダルのものもあります。
メダルはキョルギもプムセもありますが、やっぱり自分はプムセに特化した人間なのかなと。
大切なのは過去よりも今ですよね。
ならば今がプムセなので、それが当然なのかもしれません。
どのメダルも自分がどんな試合だったのか覚えています。
その価値は本人が一番わかっているだろうと思います。
試合へ向けた積み重ねが増すほどその価値も高まっていきますよね。
どんな大会であろうと。
その中にはとても小さなメダルもあるんですが、それは末期癌の祖母へ見せたメダルだったんですよね。
祖母が見たメダルはそれが最初で最後でした。
あの時、何を話したか覚えていません。
けど、自分が何を言ったかの見当はつきます。
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2010,03,08, Monday
今回、自分は優勝できましたが反省点が多かったように思います。
長江海星君、男子有級の部、ヤングジュニア・ジュニア合同級 優勝
磯部香依さん、女子有段の部、ジュニア 準優勝
森本純矢さん、男子有段の部、シニア1 三位
おめでとうございます。
愛知県の選手は全員入賞しました。
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2010,03,06, Saturday
この一週間、毎日更新してきました。
明日、全日本プムセ選手権大会ですね。
プムセの大会として国内では最も重要な試合です。
コート上でプムセを演武するその中には色々な思いが込められていました。

だから一つひとつのメダルにも色々な思いがあります。
プムセは自分に厳しくなければ上達はしません。
メダルを取る中で様々な出来事がありました。
一つの事を一生懸命にやるとはどういう事でしょう。
絶対に諦めない、身をもって体験し、何をする事が大切か。
下なんて見ていても仕方がないです。
常に上を見ること。
そこに何があるのか。
登らないとわからないですよね。
伝わるものがなくてはなりません。
一生懸命とは何なのか、本気とは何なのか、頑張るとは。
全て抽象的な言葉なので明確な基準などありません。
ただ、それらをやっていると必ず何か大切な事に気付くような気がします。
だから頑張るが口癖になっているのかも知れません。
愛知県からは私を含め四人がエントリーですね。
皆さん頑張ってください。
明日、全日本プムセ選手権大会ですね。
プムセの大会として国内では最も重要な試合です。
コート上でプムセを演武するその中には色々な思いが込められていました。

だから一つひとつのメダルにも色々な思いがあります。
プムセは自分に厳しくなければ上達はしません。
メダルを取る中で様々な出来事がありました。
一つの事を一生懸命にやるとはどういう事でしょう。
絶対に諦めない、身をもって体験し、何をする事が大切か。
下なんて見ていても仕方がないです。
常に上を見ること。
そこに何があるのか。
登らないとわからないですよね。
伝わるものがなくてはなりません。
一生懸命とは何なのか、本気とは何なのか、頑張るとは。
全て抽象的な言葉なので明確な基準などありません。
ただ、それらをやっていると必ず何か大切な事に気付くような気がします。
だから頑張るが口癖になっているのかも知れません。
愛知県からは私を含め四人がエントリーですね。
皆さん頑張ってください。
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2010,03,05, Friday
高校時代、空手を少しだけやっていました。
蹴り技は限りなく独学。
どうやって覚えたかと言えば空手雑誌の試合写真などです。
蹴っている写真の軸足の向き、そこからの腰の角度や上半身の向き、傾き、手の振り方など。
蹴っている瞬間の写真を見て同じように足が上がっていても後ろ廻し蹴りと廻し蹴りの違いもわかるようになりました。
それらを頭にイメージとして焼き付けて鏡の前でやってみるのです。
上手くできると焼き付けたイメージと重なりました。
それの繰り返し。
空手の稽古から帰ってからも自宅の八条間で1~2時間ぐらい鏡を前に蹴りの練習をしていたのを覚えています。
真冬でも体から湯気が出ていたのは良く覚えていますね。
畳はボロボロになりました(勿論、親に怒られていました)。
トレーニングジムにも週に三~四回ぐらい通っていましたが、ストレッチ、友人に教えてもらったウェイトトレーニング、鏡やガラスの前で蹴りのフォームのチェックやサンドバッグの打ち込みが習慣。
蹴りの事しか殆ど考えていませんでした。
空手はそれだけ自分を熱中させるものだったのです。
熱中する事を実感したのは空手が初めてでした。
あの頃は空手の形なんてものは全くの無関心でした。
テコンドーの型の大切さを感じるのはその反動もあるでしょう。
親はあまり嬉しそうではありませんでしたね。
勉強しなかったので。
空手4級で大学受験を理由に辞めましたが、その後もやっている事は何も変わらず辞める理由にもなっていませんでした。
浪人時代も全く同じでした。
当時、何を必死に見ていたかといえばITFテコンドーのビデオです。
浪人時代、ITFテコンドーのビデオを通信販売で購入したのですが暫く隠されていたので届いていたのに気付きませんでした。
予備校にも行っていたのですが授業は殆ど寝ていた記憶があります。
結局大学は一校だけ合格しましたが入試も試験用紙の記入した学部名称を間違えるほど無関心でした。
勉強ってホントやらないんですよね。
数学以外は殆ど手抜きでした。
自分が大学時代、殆ど勉強をしなかったので名古屋外国語大学の部員達を見ると感心します。
何かの資格を取ったり海外へ留学したり凄いなと。
高校時代の思い出と言えばジム通い、器用貧乏で弱かった空手、ゲーセン通い、ハードロックなどのCDを買って聴く、大体それぐらいでしょうか。
けど、それが今に繋がっているのかなと。
テコンドーをやっていなかったら殆ど無駄だったかもしれないです。
当時のトレーニング経験は今にも活かされていると思います。
栄養に関する知識が全くなかったのは致命的でした。
その教訓もあり、今は少しだけなんですがそれに関する本も読んできました。
スポーツ科学は全ての人に公平だと思うんですよね。
勿論、コーチングやメンタルトレーニングなどのスポーツ心理学の書籍やその他の書籍、色々な雑誌も試合に勝つ為に少しは目を通してきました。
考えてみるとあの頃と今、やっている事があまり変わっていない気がします。
読んできた本や、やっている事が当時より本格的なだけです。
高校時代、将来の事など何も考えていませんでした。
今考えているのは世界に通用する実力を身につける事です。
自分がまだまだ伸びるのもわかります。
プムセも上手にならないと面白くないですよね。
それにしてもどうも上半身の色んな箇所に筋肉痛がきているなぁと。
道場で三点倒立していたんですよね。
この子の真似をして。

蹴り技は限りなく独学。
どうやって覚えたかと言えば空手雑誌の試合写真などです。
蹴っている写真の軸足の向き、そこからの腰の角度や上半身の向き、傾き、手の振り方など。
蹴っている瞬間の写真を見て同じように足が上がっていても後ろ廻し蹴りと廻し蹴りの違いもわかるようになりました。
それらを頭にイメージとして焼き付けて鏡の前でやってみるのです。
上手くできると焼き付けたイメージと重なりました。
それの繰り返し。
空手の稽古から帰ってからも自宅の八条間で1~2時間ぐらい鏡を前に蹴りの練習をしていたのを覚えています。
真冬でも体から湯気が出ていたのは良く覚えていますね。
畳はボロボロになりました(勿論、親に怒られていました)。
トレーニングジムにも週に三~四回ぐらい通っていましたが、ストレッチ、友人に教えてもらったウェイトトレーニング、鏡やガラスの前で蹴りのフォームのチェックやサンドバッグの打ち込みが習慣。
蹴りの事しか殆ど考えていませんでした。
空手はそれだけ自分を熱中させるものだったのです。
熱中する事を実感したのは空手が初めてでした。
あの頃は空手の形なんてものは全くの無関心でした。
テコンドーの型の大切さを感じるのはその反動もあるでしょう。
親はあまり嬉しそうではありませんでしたね。
勉強しなかったので。
空手4級で大学受験を理由に辞めましたが、その後もやっている事は何も変わらず辞める理由にもなっていませんでした。
浪人時代も全く同じでした。
当時、何を必死に見ていたかといえばITFテコンドーのビデオです。
浪人時代、ITFテコンドーのビデオを通信販売で購入したのですが暫く隠されていたので届いていたのに気付きませんでした。
予備校にも行っていたのですが授業は殆ど寝ていた記憶があります。
結局大学は一校だけ合格しましたが入試も試験用紙の記入した学部名称を間違えるほど無関心でした。
勉強ってホントやらないんですよね。
数学以外は殆ど手抜きでした。
自分が大学時代、殆ど勉強をしなかったので名古屋外国語大学の部員達を見ると感心します。
何かの資格を取ったり海外へ留学したり凄いなと。
高校時代の思い出と言えばジム通い、器用貧乏で弱かった空手、ゲーセン通い、ハードロックなどのCDを買って聴く、大体それぐらいでしょうか。
けど、それが今に繋がっているのかなと。
テコンドーをやっていなかったら殆ど無駄だったかもしれないです。
当時のトレーニング経験は今にも活かされていると思います。
栄養に関する知識が全くなかったのは致命的でした。
その教訓もあり、今は少しだけなんですがそれに関する本も読んできました。
スポーツ科学は全ての人に公平だと思うんですよね。
勿論、コーチングやメンタルトレーニングなどのスポーツ心理学の書籍やその他の書籍、色々な雑誌も試合に勝つ為に少しは目を通してきました。
考えてみるとあの頃と今、やっている事があまり変わっていない気がします。
読んできた本や、やっている事が当時より本格的なだけです。
高校時代、将来の事など何も考えていませんでした。
今考えているのは世界に通用する実力を身につける事です。
自分がまだまだ伸びるのもわかります。
プムセも上手にならないと面白くないですよね。
それにしてもどうも上半身の色んな箇所に筋肉痛がきているなぁと。
道場で三点倒立していたんですよね。
この子の真似をして。

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2010,03,04, Thursday
全日本プムセ選手権の為、ある選手が時々出稽古に来ていました。
彼には夢があるんですね。
お父さんから彼が出演している番組などをまとめたDVDを借りました。
見ていて私までワクワクしてくるのです。
感動を与えるのが俳優の使命。
その番組に出演していた千葉真一の言葉です。
素晴らしいですね。
勿論、私は俳優ではないので感動を与える事はできません。
けどもテコンドーは感動を創り上げる事はできると思います。
出稽古に来ていた彼には夢があります。
夢を持つのは大切ですよね。
けども、本気でやらなければその夢は輝きません。
彼は輝いているなと。
本気な奴って、なんか違うなぁって思います。
本気ってなんだろうなぁと。
彼には夢があるんですね。
お父さんから彼が出演している番組などをまとめたDVDを借りました。
見ていて私までワクワクしてくるのです。
感動を与えるのが俳優の使命。
その番組に出演していた千葉真一の言葉です。
素晴らしいですね。
勿論、私は俳優ではないので感動を与える事はできません。
けどもテコンドーは感動を創り上げる事はできると思います。
出稽古に来ていた彼には夢があります。
夢を持つのは大切ですよね。
けども、本気でやらなければその夢は輝きません。
彼は輝いているなと。
本気な奴って、なんか違うなぁって思います。
本気ってなんだろうなぁと。
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2010,03,03, Wednesday

いつもではないのですが時々写真のような食事内容の時があります。
写真ではシーチキンや豆腐、ヨーグルトが蛋白源。
野菜に赤飯のオニギリ一つ、ミネラルウォーターとサプリメントです。
炭水化物は少なめでタンパク質は多めです。
これでもカロリーは800~900はあります。
サラダにドレッシングはかけません。
グルコサミンやコンドロイチンの含まれたジョイントリカバリー(ファインラボ)と言うサプリメントも今は摂取しています。
膝などのケアに効果が高いです。
間接サプリメントでは最強レベルではないでしょうか。
マルチビタミンは寝る前に飲むと疲れがとれますね。
試合が近くなるとある程度、炭水化物を減らしていったりして僅かながら絞ります。
殆ど変化はないのですが若干、腹筋のカットが増す感じでしょうか。
心と体は表裏一体。
体を試合に向けて食事コントロールする事で気持ちを試合にもって行くのです。
特に全日本プムセ大会の時はそうですね。
自宅のヘルスメーターで昔から決めている条件で計測して体脂肪率が8~9パーセント代の数値を目安にしています。
その辺りがベストコンディションでしょうか。
昨年より体重は一キロ近く増えましたが体脂肪率は変化していません。
重いアンクルウェイトが効いたのかも知れないですね。
先日、本部道場のヘルスメーターで中学生のH君と一緒に計測したのですが、そこでは10.2%ぐらいでした。
H君は10.8%。
何とか面目を保ったようです(^^;
特に私のように食事を意識してないのにその数値は大したものですね。
それだけの運動量と言えるでしょう。
体脂肪率を計測する機械は下半身が中心なヘルスメーターやグリップを握る上半身が中心な計測器、ヘルスメーターに乗ってグリップを握るタイプなどがあります。
乗ってグリップを握るタイプが最も正確かもしれません。
体脂肪率は身長と体重を元に電気抵抗で割り出すそうです。
体内の水分量などでも変化するので飽くまで目安程度にしておくべきでしょう。
利用する場合は常に同じ条件で計測する事が重要かと思います。
キョルギは減量がありますが、通常、健康的に一ヶ月で落として良い範囲は体重の3パーセントと言われていた記憶があります。
だから減量をする場合は、前もって計画的に、栄養に関する知識もしっかりと養うのはとても大切ですよね。
それができないと後々リバウンドなどを起こす可能性があります。
筋量の減少を限りなく抑えつつ体脂肪のみを落とすような食事内容が大切です。
水分による体重コントロールは最終手段ですよね。
なるべくなら避けたほうが良いと私は思います。
自分はプムセの試合ですがやっている内容は若干減量に近いかもしれません。
ただし体重を落とすのが目的ではなくコンディションをベストに持っていくのが目的です。
心技体、どれも試合には大切と考えているので、心技体の体にあたる食事にもそれなりに気を配ります。
しかし食事に気を配るのは心技体の心の面にも関わっているでしょう。
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2010,03,02, Tuesday
当時、腰を痛めていました。
チュチュムソギ(騎馬立ち)で右のチルギ(突き)を行うと腰に鋭い痛みが生じる時も良くありました。
蹴りも痛みのおかげで本当にできない時がありました。
準備運動はダッシュやジャンプ運動などから入りました。
気合の声などは私が一番大きかったかも知れないです。
後々知り合う事になる師範の方にもやたら元気な人がいるなと印象を与えていたようです。
全て全力で取り組みました。
これは日本に指導へ来てくださった先生への敬意と感謝も含めての事です。
本当に知りたかったこと、学びたかった事をやっと得られるのです。
2006年の試合から一年と7ヶ月はチュンチョン大会でのセミナーは受けつつもひたすら独学です。
休憩時間は腰の痛みが酷くあまり歩けなくなった時もありました。
けどもセミナーが始まったら痛みを忘れて集中するようにしていました。
休憩中、秋先生指導による代表選手達だけのプムセ練習もありました。
その時、私も少し離れた所でやっていましたが指導内容を聞こうともしていました。
そしてここに自分も入るのだと。
一度代表になった森師範もそこにいた様な記憶があります。
秋先生が通訳をしてくださったおかげで物凄くわかり易く目から鱗状態でした。
それまでも練習をしてきたので尚更よく理解でき自分のプムセの上達の大きな切っ掛けになりました。
我武者羅にやっていたプムセが理解する為の大切な礎になっていたのかもしれません。
講師として来て下さった黄(ファン)先生には顔を覚えて貰い大会会場で会うと必ず挨拶しています。
エジプトの世界選手権の時も挨拶しました。
更にその後、武研会が結成され練習が幾度か行われました。
私が輝蹴会メンバーに指導するプムセ内容の原点はここです。
まだまだな私ですが一つひとつの技術を知り、身につける為に随分遠回りをしてきたかも知れません。
それは違う、興味ない、退屈、踊り、無意味、そんな声も聞きながら黙々とやってきました。
指導内容、極当たり前に私は言いますがしっかりと受け止めて欲しいですね。
嘗ては当たり前な事が当たり前に言えませんでした。
全て変えて行きました。
その道のりは長かったです。
指導内容は当たり前に容易く知れるものではないのを忘れずにいて欲しいです。
私が動かなかったら輝蹴会はプムセのできる道場にはなっておりません。
そしてプムセができるとは、手の高さや位置、足の幅などそんな次元の話でありません。
頑張る、と、練習する、は口癖かも知れないです。
けども今でも時々思います。
俺は本当に頑張っているのかと。
翌年、優勝しました。
08年は飛躍の年。
本当に沢山の事がありました。
全日本プムセ選手権大会。
今年は三度目の優勝を狙う年です。
容易い優勝などありません。
チュチュムソギ(騎馬立ち)で右のチルギ(突き)を行うと腰に鋭い痛みが生じる時も良くありました。
蹴りも痛みのおかげで本当にできない時がありました。
準備運動はダッシュやジャンプ運動などから入りました。
気合の声などは私が一番大きかったかも知れないです。
後々知り合う事になる師範の方にもやたら元気な人がいるなと印象を与えていたようです。
全て全力で取り組みました。
これは日本に指導へ来てくださった先生への敬意と感謝も含めての事です。
本当に知りたかったこと、学びたかった事をやっと得られるのです。
2006年の試合から一年と7ヶ月はチュンチョン大会でのセミナーは受けつつもひたすら独学です。
休憩時間は腰の痛みが酷くあまり歩けなくなった時もありました。
けどもセミナーが始まったら痛みを忘れて集中するようにしていました。
休憩中、秋先生指導による代表選手達だけのプムセ練習もありました。
その時、私も少し離れた所でやっていましたが指導内容を聞こうともしていました。
そしてここに自分も入るのだと。
一度代表になった森師範もそこにいた様な記憶があります。
秋先生が通訳をしてくださったおかげで物凄くわかり易く目から鱗状態でした。
それまでも練習をしてきたので尚更よく理解でき自分のプムセの上達の大きな切っ掛けになりました。
我武者羅にやっていたプムセが理解する為の大切な礎になっていたのかもしれません。
講師として来て下さった黄(ファン)先生には顔を覚えて貰い大会会場で会うと必ず挨拶しています。
エジプトの世界選手権の時も挨拶しました。
更にその後、武研会が結成され練習が幾度か行われました。
私が輝蹴会メンバーに指導するプムセ内容の原点はここです。
まだまだな私ですが一つひとつの技術を知り、身につける為に随分遠回りをしてきたかも知れません。
それは違う、興味ない、退屈、踊り、無意味、そんな声も聞きながら黙々とやってきました。
指導内容、極当たり前に私は言いますがしっかりと受け止めて欲しいですね。
嘗ては当たり前な事が当たり前に言えませんでした。
全て変えて行きました。
その道のりは長かったです。
指導内容は当たり前に容易く知れるものではないのを忘れずにいて欲しいです。
私が動かなかったら輝蹴会はプムセのできる道場にはなっておりません。
そしてプムセができるとは、手の高さや位置、足の幅などそんな次元の話でありません。
頑張る、と、練習する、は口癖かも知れないです。
けども今でも時々思います。
俺は本当に頑張っているのかと。
翌年、優勝しました。
08年は飛躍の年。
本当に沢山の事がありました。
全日本プムセ選手権大会。
今年は三度目の優勝を狙う年です。
容易い優勝などありません。
| テコンドー | 00:00 | comments (x) | trackback (x) |
2010,03,01, Monday
07年の全日本プムセ大会の後、七月、韓国の春川オープン大会に出ました。
国際大会は初めてで海外に行く事自体が初めてでした。
オープン大会なので私も出場できます。
プムセの部門は日本人は私を含め三名。
自分の試合以外の日は大抵、午前中も午後もウォーミングアップルームで練習をしていました。
またそこで時々個人に対するプムセセミナーもしていたので受講していない私は近くで眺めたり真似たりしていました。
その後、韓国の代表でもあるキムボヒョン選手のプムセプレーヤーのコースでセミナーを受けました。
本当はその内容を愛知県内に持ち帰るつもりでしたが、そのような形には至りませんでした。
この時期、ある意味、混乱している時期で帰国後の一ヶ月の間にそれは違うと二度も足幅を変えられたりもしました。
つまりセミナーの内容も私個人だったので殆ど誰にも認められなかったのです。
混乱していた06~07年はその類がかなり多く大変でした。
07年の準優勝の後、考えていたのは優勝しなければ自分の言う内容に説得力がないと言う事。
しかしわからない事は山積みです。
10月に国技院から講師を呼んでプムセセミナーが行われると聞きました。
上達の大きなチャンスが訪れたのです。
ちょうどのその日、実は身内の非常に大切な用事があったのですが、どうしてもセミナーに参加したかったので用事を欠席してセミナーに参加したのを覚えています。
それに参加しないと先がないと感じていたのです。
絶対に参加したい、それだけでした。
諦めず本気で頑張っていれば自然とチャンスも訪れるものです。
逃してはいけません。
本気ってなんだろうな、時々思います。

国際大会は初めてで海外に行く事自体が初めてでした。
オープン大会なので私も出場できます。
プムセの部門は日本人は私を含め三名。
自分の試合以外の日は大抵、午前中も午後もウォーミングアップルームで練習をしていました。
またそこで時々個人に対するプムセセミナーもしていたので受講していない私は近くで眺めたり真似たりしていました。
その後、韓国の代表でもあるキムボヒョン選手のプムセプレーヤーのコースでセミナーを受けました。
本当はその内容を愛知県内に持ち帰るつもりでしたが、そのような形には至りませんでした。
この時期、ある意味、混乱している時期で帰国後の一ヶ月の間にそれは違うと二度も足幅を変えられたりもしました。
つまりセミナーの内容も私個人だったので殆ど誰にも認められなかったのです。
混乱していた06~07年はその類がかなり多く大変でした。
07年の準優勝の後、考えていたのは優勝しなければ自分の言う内容に説得力がないと言う事。
しかしわからない事は山積みです。
10月に国技院から講師を呼んでプムセセミナーが行われると聞きました。
上達の大きなチャンスが訪れたのです。
ちょうどのその日、実は身内の非常に大切な用事があったのですが、どうしてもセミナーに参加したかったので用事を欠席してセミナーに参加したのを覚えています。
それに参加しないと先がないと感じていたのです。
絶対に参加したい、それだけでした。
諦めず本気で頑張っていれば自然とチャンスも訪れるものです。
逃してはいけません。
本気ってなんだろうな、時々思います。

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2010,02,28, Sunday
中々切れなかった髪の毛をやっと切って来ました。
試合前に整髪しておこうと思っていたのです。
さっぱりしました。
ヘアスタイルには拘ります。

という事で宅見さんからの要望があったので館長のスケジュールをここに掲載しておきます。
世界ジュニア大会やユース五輪の予選の関係でメキシコにいるので3月11日までは不在になります。
私は今週の土日が全日本プムセ大会で大阪です。
日程表にもある通り土曜日(6日)はお休みです。
日曜日の豊田支部練習、森本選手も全日本プムセ大会に出場の為、前半は自主練習です。
後半のキョルギ練習、笹倉君、宜しくよ。
宜しくお願いします。
試合前に整髪しておこうと思っていたのです。
さっぱりしました。
ヘアスタイルには拘ります。

という事で宅見さんからの要望があったので館長のスケジュールをここに掲載しておきます。
世界ジュニア大会やユース五輪の予選の関係でメキシコにいるので3月11日までは不在になります。
私は今週の土日が全日本プムセ大会で大阪です。
日程表にもある通り土曜日(6日)はお休みです。
日曜日の豊田支部練習、森本選手も全日本プムセ大会に出場の為、前半は自主練習です。
後半のキョルギ練習、笹倉君、宜しくよ。
宜しくお願いします。
| その他 | 13:12 | comments (x) | trackback (x) |
2010,02,28, Sunday
翌年、2007年の全日本プムセ選手権は同時に世界大会の代表選考会も行われました。
代表選考会の方は世界選手権と同じく前日にプムセが指定される形です。
全日本プムセ大会、コートに入るまで椅子で待機する形でした。
前年は自由にウォーミングアップできたのでキョルギの時のように気持ちを高める事ができたのですがそれができません。
それまでにない緊張が自分を襲いました。
結果はライバルでもある埼玉の神谷選手が優勝、私は準優勝。
この時の経験からプムセの試合に対するメンタル面の強化について考えるようになりました。
その後、選考会が行われましたが沢山の人が見る中、静まったコートで一人ずつ順に演武をしていきます。
しかし先の試合のおかげで不必要な緊張はなく集中できました。
十進で次の動作を忘れた瞬間がありました。
ヘチョサントゥルマキの箇所なんですが、体が勝手に動きすぐさま続けました。
一秒ぐらい止まったように錯覚したのですが実際には普通に続けていました。
しかし、ある動作で足を引っ掛けバランスを崩しました。
普段の練習では一度も経験のないものです。
選考会でも神谷選手に負け代表の座を逃しました。
この試合に向け、ひたすら練習をしていたのを覚えています。
上手くなりたいのですがどうすれば良いのかわからないのでDVDの動きを真似る事を中心に腕に力が入らなくなるまでひたすらプムセを繰り返してしました。
試合で負けてやりきれないような悔しさや憤りを感じながら途方に暮れました。
限界を感じ一ヶ月ほどは無気力で燃え尽きた感覚になっていたのを覚えています。
けどもここで諦めても仕方がないのです。

代表選考会の方は世界選手権と同じく前日にプムセが指定される形です。
全日本プムセ大会、コートに入るまで椅子で待機する形でした。
前年は自由にウォーミングアップできたのでキョルギの時のように気持ちを高める事ができたのですがそれができません。
それまでにない緊張が自分を襲いました。
結果はライバルでもある埼玉の神谷選手が優勝、私は準優勝。
この時の経験からプムセの試合に対するメンタル面の強化について考えるようになりました。
その後、選考会が行われましたが沢山の人が見る中、静まったコートで一人ずつ順に演武をしていきます。
しかし先の試合のおかげで不必要な緊張はなく集中できました。
十進で次の動作を忘れた瞬間がありました。
ヘチョサントゥルマキの箇所なんですが、体が勝手に動きすぐさま続けました。
一秒ぐらい止まったように錯覚したのですが実際には普通に続けていました。
しかし、ある動作で足を引っ掛けバランスを崩しました。
普段の練習では一度も経験のないものです。
選考会でも神谷選手に負け代表の座を逃しました。
この試合に向け、ひたすら練習をしていたのを覚えています。
上手くなりたいのですがどうすれば良いのかわからないのでDVDの動きを真似る事を中心に腕に力が入らなくなるまでひたすらプムセを繰り返してしました。
試合で負けてやりきれないような悔しさや憤りを感じながら途方に暮れました。
限界を感じ一ヶ月ほどは無気力で燃え尽きた感覚になっていたのを覚えています。
けどもここで諦めても仕方がないのです。

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