セミナーの参加
当時、腰を痛めていました。
チュチュムソギ(騎馬立ち)で右のチルギ(突き)を行うと腰に鋭い痛みが生じる時も良くありました。
蹴りも痛みのおかげで本当にできない時がありました。

準備運動はダッシュやジャンプ運動などから入りました。
気合の声などは私が一番大きかったかも知れないです。

後々知り合う事になる師範の方にもやたら元気な人がいるなと印象を与えていたようです。

全て全力で取り組みました。
これは日本に指導へ来てくださった先生への敬意と感謝も含めての事です。

本当に知りたかったこと、学びたかった事をやっと得られるのです。
2006年の試合から一年と7ヶ月はチュンチョン大会でのセミナーは受けつつもひたすら独学です。

休憩時間は腰の痛みが酷くあまり歩けなくなった時もありました。
けどもセミナーが始まったら痛みを忘れて集中するようにしていました。

休憩中、秋先生指導による代表選手達だけのプムセ練習もありました。

その時、私も少し離れた所でやっていましたが指導内容を聞こうともしていました。
そしてここに自分も入るのだと。

一度代表になった森師範もそこにいた様な記憶があります。

秋先生が通訳をしてくださったおかげで物凄くわかり易く目から鱗状態でした。
それまでも練習をしてきたので尚更よく理解でき自分のプムセの上達の大きな切っ掛けになりました。

我武者羅にやっていたプムセが理解する為の大切な礎になっていたのかもしれません。

講師として来て下さった黄(ファン)先生には顔を覚えて貰い大会会場で会うと必ず挨拶しています。
エジプトの世界選手権の時も挨拶しました。
更にその後、武研会が結成され練習が幾度か行われました。

私が輝蹴会メンバーに指導するプムセ内容の原点はここです。
まだまだな私ですが一つひとつの技術を知り、身につける為に随分遠回りをしてきたかも知れません。
それは違う、興味ない、退屈、踊り、無意味、そんな声も聞きながら黙々とやってきました。

指導内容、極当たり前に私は言いますがしっかりと受け止めて欲しいですね。

嘗ては当たり前な事が当たり前に言えませんでした。
全て変えて行きました。

その道のりは長かったです。

指導内容は当たり前に容易く知れるものではないのを忘れずにいて欲しいです。

私が動かなかったら輝蹴会はプムセのできる道場にはなっておりません。

そしてプムセができるとは、手の高さや位置、足の幅などそんな次元の話でありません。

頑張る、と、練習する、は口癖かも知れないです。

けども今でも時々思います。
俺は本当に頑張っているのかと。

翌年、優勝しました。

08年は飛躍の年。

本当に沢山の事がありました。

全日本プムセ選手権大会。
今年は三度目の優勝を狙う年です。

容易い優勝などありません。
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